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About

こんにちは、ちーちゃんです。
見た目はごく普通の女子に見えるけど、けっこうひねくれた人生を送っています。
つい最近、自分はLGBT並みにマイナーな人間ではないかと思い始めています。

経歴

2001年、京都大学農学部に入学。
当時、インターネット(ISDN)のつなぎ放題が始まってすぐのこと。
HTMLが好きすぎて学校に行かずホームページばかりつくり続ける。
学部を卒業後、ガソリンスタンドでバイトをしながら「フリーランスです」と言い張る。

その後、Web制作会社、Webやグラフィックデザインを教えるパソコン教室、バイドゥ(日本語入力アプリSimejiのデザイン開発)などを経て、2013年、東京でIT・IoT関連のデザイン会社を共同設立。
3年目で、仕入れゼロ、外注ほぼなし、社員2人で4,000万円の売上を記録し、恐れおののく。

仕事はたのしかったし、お客様にもたいへん恵まれた。たいへんありがたいことこの上ない。

しかし、その決算処理のときにお金とはなんだろうという疑問を抱いてしまった。
節税のため、200万円近くを2ヶ月でなにか使えないかと思案する日々。

必要なものを買い揃える。設備を少し充実させてみる。
でも、心のなかではそれらも不要不急なものたち。

「あと○万なにかに使えないかな」

それがもうしんどくてしかたがなかった。
ものを買うことはこんなにしんどいことなのか…。

それと同時に、自分の表現したいことはなんだろうと思い始める。

お金を対価にお客様のつくりたいものをつくる、それがわたしのなかでの「仕事」だった。
でも、もうお金はいらないから「お客様の」ではなく「自分の」表現したいものを探したい、そこに時間を使いたいと思い、2017年に脱退。
ありがたいことに、電気とネットとMacBook Proがあればどこでも仕事ができるため、フリーランスという形でデザインという仕事はつなぎながら旅へ出た。

資本主義社会、大量生産・大量消費への疑問

旅をしていると、日々をどう過ごすかなんて行きあたりばったり。
でも、だからこその楽しみや引き合わせ、四季折々の自然の見せてくれる姿やそこに飛ぶ虫たち。
なんてことない日常の豊かさに気づき始めた。

そうすると、ますますお金という価値に疑問を持ってしまう。この旅の経験はお金では買えない。
「お客様の」つくりたいものをつくる「仕事」と、その報酬に興味がなくなってしまった。

お金にすぐにつながらなくても、自分がやりたいこと、楽しいことをしていたい、そう思うようになった。

また、使うかどうかもわからないものを大量生産して、消費者はメディアにあおられて大量消費をするという構図に気づいてしまった。
消費されなかったものは捨てられる。どこへも行き場のないゴミ。埋め立て。

地球の資源は限られている。せめて人間がつくったもの・使ったものは地球に返したい、と思いパーマカルチャーという思想に出会う。

パーマカルチャーとわたし

パーマカルチャーは、自分がこの地球で生きているなかで抱いていた疑問を解決できうる思想だと思っている。

「もったいない」という魂からの叫び

小さいころから、いろいろなものが「もったいない」と思っていた。
わたしたち人間は、魚やお肉など、生命のあるものを殺生してその生命をいただいている。魚や牛さん豚さん鶏さん、かわいそう。しかも残ったら食べられずに捨てられてしまう。人間はなんて傲慢なんだ。
人間に食べられるために生命を献上してくれたのに、いらなくなったら捨てるなんて。捨てられるために生命を絶たれたんじゃない。そう思うといつも悲しくてしかたがなかった。
人間がそんな仕打ちを受けたらみんな許せないはずなのに、なんで魚さんたちにはそういうことを平気でできるんだろう。ずっと不思議だった。

ゴミに対しても同じだった。
スーパーで入れるレジ袋。今でこそレジ袋有料化や、マイバッグ持参が当たり前になりつつあるけど、当時はそんなことなかったし、使い終わったらすぐに捨てられていた時代だった。
このレジ袋は、スーパーから家までの10分の間だけしか使われず、それで役目を終わらされてしまう。なんて悲しいんだろう。この10分のためだけに生まれてきたレジ袋。
そんな人間がいたらみんな悲しいはずなのに、なんでレジ袋はいいんだろう。

そんなことを考える子どもだった。でもだれにも話せなかった。親にも話せなかった。

結果的に、ゴミをよく集めていた。スーパーのレジ袋もたまるたまる。梱包材のプチプチ、ダンボール、紙袋…使い捨てのものはまた使えるときがあるだろうと思って、捨てたくないのだ。
かといって、当時の自分ではそれを活用できる技術もなく結局は捨ててしまっていたのだけれど…

大学に行ってひとり暮らしを始めて、そしてWebの仕事をしたり東京に出ているときにはそんな思いは封印していた。ゴミを使う技術がないから、捨てるしかないのだ。もう割り切っていた。

でも、旅の途中で、藤野にある「廃材エコヴィレッジ」に行くことがあった。
そこは、倉庫をDIYでリノベーションしているところだと聞いたが、とても倉庫とは思えないアート空間。しかも、ほぼ廃材でつくられているという。

それを見て、「あ、こういう方向で生きてもいいんだ」とはじめて思った。

世間は、「ゴミを再利用する」ということに対して、意外と白い目で見たりする。あの人はお金がなくて貧乏なのかしら、まあみっともない。
わたしもそう思われるのがいやだったのかもしれない。きっと「普通の人」でいたかったのだ。
でも、廃材をもはや芸術として使っている廃材エコヴィレッジのゆるゆる村長に出逢った瞬間、ビビビッと電気が走った。

「これだ!」

そこが、パーマカルチャーのことを知るきっかけだった。

すべてのものを有効に活用する、という思想

パーマカルチャーの解釈は、人それぞれいろいろだ。
でもわたしのなかでは、「すべてのものを有効に活用する」ということに尽きる。

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