閉じる

なぜ「自然に近い暮らし」をしたいの?

最近、じぶんはどうしていきたいのか、これからどんな生き方をしていきたいのか、を問われると「自然に近い暮らしをしたい」と答えることが多い。

実はこれにはちゃんと言語で説明できる理由はない、直感。笑

でもこれ人に説明しないといけないことが多いので、まとめてみるよ。

自然に近い暮らしとは?

さっきのくだりで「自然に近い暮らしをしたいんですよ〜」というと、「ああ畑とか?若いのにえらいな〜」といわれることが多い。

たしかに畑もそうなんだけど、それはほんの一部にすぎない。

わたしがイメージするのは、家、衣服、食べ物、生活に関わるすべてを、自然のめぐみをいただいてつくりだすこと。
そして、必要なくなったものはすべて自然(土)に還ること。

よく考えると、むかしはみんなそうだったはず。最近だと江戸時代とかまではほんとにそんな暮らしだったはず。

肥溜めから堆肥をつくったり。
着物を使い古してもリメイクしていろいろなものに変えたり。
箱や入れ物、衣装ケースなども、木やわらなどでつくられていたり。
電気もないから行灯(あんどん)やろうそくとか。
自然に還らないプラスチック素材とかはなかった。だいたいのものは燃やして灰になり、畑にまいて肥料になる。もちろん有毒ガスや有害成分も出ない。

ただ、それは「今で言う効率化」とはほど遠い。
お金もあったろうが、なにぶんお金で買えるモノ自体も少ないのだから、そんなにかんたんに必要なものがすぐに手に入る時代ではなかったはず。(たとえスマホでamazonでポチることができたとしても、モノ自体がないから、、笑)

でも、当時は当時なりの効率化があったはず。That’s why 「今で言う」を強調したのだ。
当時なりの効率化、そのひとつがいわゆる「物々交換」だったはず。
衣食住に関わるすべてをひとりひとりが、もしくは家族単位でもやろうとするのはけっこう無謀。時間がいくらあっても足りないし、得意・不得意もあるから。
でも、「餅は餅屋」で得意なことをみんなするようにして、それを等価交換すれば効率的だ。

なにが言いたいかというと、日本だと明治時代に入ってから、世界だとイギリスの産業革命あたりぐらいから、この200年あまりでそのへんの概念がガラリと変わってしまったのだ。
「自然に還る」という循環の概念が、二の次になってしまった。

これが、経済成長を加速させることになる

新しいものをつくって、循環のことを考えずに(=捨てるときのことは考えずに)、ひとびとは便利を追求した。
耐久性のある素材を開発した。でもそれは大規模な工場でつくられたものだから、個人ではつくれない。自然には還らないし、個人でほかの形に変えようとしても、変えづらい。リユースがしづらいものだ。

そして、現代の生活はとっても便利になった。
モノ自体も増えたので、お金があればなんでも買える。amazonさんでポチればおわり。

その側面で、地球の悲鳴がきこえる

これこそ宗教っぽいといわれるかもしれないけど、その結果として、地球の悲鳴がわたしにはきこえる。というか感じる。
この便利な生活にひとびとも慣れてしまい、マインドも変わってしまった。

いまや、都会の公園では遊具も撤去され、ボール遊びもできない。
近所の田んぼのカエルの合唱がうるさいからといって駆除しろという人も出てきた。

これにはほんとに憤りを感じる。
カエルがいなくなったらどうなるのか。
まわりまわっておいしい米が食べられなくなるが、そのことに現代のひとびとは気づくことができなくなってしまった。

あなたは地球と共生している?

地球との共生を考えると、現代のこの問題を避けるわけにはいかない。
地球だけでなく宇宙でもいいんだけど。

現代のひとびとは、人間以外の生物のことを軽視しすぎていることに気づいてほしい。
都会の虫はくまなく駆除される。大型薬局の店頭には「虫よけ」「巣の駆除」などのスプレーがずらりと並ぶ。
G(ゴキブリ)が部屋のなかにいようものなら殺虫剤を噴射される。なのに、カブトムシやクワガタは値段をつけてホームセンターとかで売られていたりする。
ペットはかわいがるのに、野生の動物は畑を荒らすからとワナにかけられる。

人に害がある(と勝手に人が考えている)ものは排除しようとする。
でも、彼らも地球上では意味があって現代まで種をつないでいる生物だ。
野生の動物がなぜ山をおりて人間たちのいる畑まで来てしまうのか、なぜ田んぼでカエルが大合唱をするのか、その理由を現代のひとびとは考えようとはしない。

持続可能な地球にするためには、「人」のマインドを変えないとむり

「立つ鳥跡を濁さず」ということわざは有名だけど、これは人間にもあてはまる。
地球人としてこの生を選んできた以上、地球をこれ以上よごして(=自然に遠いものばかりであふれさせて)子孫に残してはいけない。

いまのマインドのまま進んでいってしまうと、地球はとても持続可能にはなれない。

人のマインドを「変える」というか、つい200年前までもっていたマインドに戻ってほしいというほうが正しいのか。

せめて、「生物の多様性」の意味についてだけでも、小学1年生の授業から大人もいっしょにもういちど考え直してほしい。みんな理科で習ってるはずよ。

なぜ野菜ができるのか。どうやって実を結ぶのか。
わたしたちが生きているのは、木などの植物や、微生物や菌なども含めてほかの生物がたくさんいるから生きていけている。

そうでなければ、みんなカンニバルをして生きていくー??

 

まあそれは極端だとしても…
そのいっぽうで、必要最低限の現代文明も併用しながら。

© 2020 地球を大切におもうデザイナー * とみたちひろ | WordPress Theme: Annina Free by CrestaProject.